「野球がうまくなりたい人へ」

「野球が上手くなりたいです」
そんな言葉はよく耳にする。
では、どうなれば野球が上手いと言えるのか。
周囲から「野球が上手いね」と言ってもらえる選手とは。
自分自身がなりたい姿、
目的や目標はそれぞれあると思う。
しかし、
その目的や目標が鮮明に見えているかいないかでは、
その後の結果や成長に大きく関わってくる。
それを踏まえ、
果たして「野球が上手な選手」とは、
一体どのような選手のことを言うのか。
それを今回、はっきりさせようと思う。
ぜひ自分自身の自己評価と照らし合わせながら見ていただきたい。
まずは、どのような選手をモデルとし、
どのような選手像を目標として思い描いているのか。
選手としての特性やセールスポイントはどこかを見極める。
稀に、特化した分野で秀でた能力を見せる選手がいる。
肩が異常に強い選手。
足が異常に速い選手。
球が異常に速い選手。
打球を遠くに飛ばす選手。
このような選手はなぜ生まれたのか。
それは、
この能力を世に披露するまでの過程において、
生まれ持ったセンスに加え、
その能力を発揮できる環境下で育ち、
さらなる感覚との出会いを経て、
無意識のうちに手にした者だと思っている。
努力という言葉より、
「好きこそものの上手なり」
そんな言葉が当てはまるケースではないだろうか。
学生時代、
新学期に初めましてと出会う同世代に、
そんな選手がいたことはないだろうか。
羨む者もいれば、悔しく思う者もいる。
その分野で負けじと勝負をする者もいれば、
ハナから勝てないと諦める者もいる。
そんな優れた能力を持つ選手たちは、
「野球が上手い選手」
「すごい選手」だと周囲からもてはやされる。
これは想像の話ではなく、
実際に私自身が見てきた過去のお話である。
私は学生時代からそこに疑問を抱いていた。
先に言っておくが、
ただの負け惜しみではない。
負けず嫌いの遠吠えでもない。
はたしてこの選手たちは本当に野球が上手い選手なのだろうか。
そんなことを言いながら、
察しの通り、私はずば抜けた能力を持っている選手ではなかった。
実際に足が速い選手と競争をしてみる。
やはり負ける。
肩が強い選手に遠投で勝負を挑む。
やはり負ける。
案の定負けてしまうのだが、
努力すれば自分でもできる。
と思える器用さと自信だけは持っていた。
そして、
そんな疑問を持つ私がたどり着いた答えはというと、
野球の上手い選手とは、
相手に勝つことができる選手であるということ。
どれだけ足が速くても、
盗塁ができなければ意味がない。
どれだけ球が速くても、
打たれてしまっては意味がない。
その能力を実践で有効に使えず、
対戦相手を苦しめることができなければ、
それはただの「宝の持ち腐れ」である。
球を速くしたいと言う者がいる。
では何キロまで出せば対戦相手を抑えられるのか。
足を速くしたいと言う者がいる。
では何秒で走れば盗塁でセーフになるのか。
130メートル打球を飛ばせますと言う者がいる。
試合でバットに当たらなければ意味はない。
しかし、
ほとんどの選手はそんな断片的な目標をよく口にする。
野球は、
陸上競技のようにタイムや距離を自身で更新していくスポーツではない。
そこには必ず仲間や対戦相手が存在する。
一つのプレーにも複数のプレーが重なり完成するものである。
その都度状況を把握し、
起こる物事に対してどれだけ対応できるかどうか。
自分の思い通りにいかない中で、
どれだけ結果を残すことができるかどうか。
では改めて、
「野球が上手くなりたいです」と、
日々練習をしている選手たちは、
現在、正しい練習ができているだろうか。
「野球の上手な選手」とは「相手に勝てる選手」のことを言う。
自身の練習の中に、
「相手」のイメージは存在しているだろうか。
闇雲に練習をする前に、
自身の練習や取り組み方を見直すことも大切な時間だと思う。
それが本当の努力の一歩目なのではないだろうか。
