3度目のトライアウト 偉大な甲子園 私の誇り 『宝物』

2022年5月24日

 

求め続けていた場所

 

 

「ピッチャー西村」

 

私の名前が、球場に響きました。

背中のほうから聞こえる、

後輩達の必死の声援は、

徐々に大きくなる観客の歓声と拍手に、

あっという間に埋もれていきました。

 

その歓声は、

私の想像をはるかに超える大きさでした。

 

久しぶりに聴く、

万を超える人たちから発せられる音。

地鳴りのように、

深く響き渡り、地面も振動します。

 

肌がビリビリと痺れる感覚。

耳だけではなく、胸に響く歓声。

血流が一気に上がり、

いつも以上の力を出させてくれる声援のパワー。

 

とても温かく、そして刺激的で、

決して他では味わえない雰囲気。

そして私が心から求めていたこの空間が、

ここにはありました。

 

おそらく、

この日一番の歓声だったと思います。

タイガースを離れ、

2年が経った私に、です。

 

これからピッチングをして、

アピールをしないといけないのに、

この予想をしていなかった『サプライズ』に、

驚きと感動から、

鼻先にツーンと上がってくる感情を、

堪えることに必死になっていました。

 

 

3度目のトライアウト

 

 

ファンの声援に後押しされ、

私の『3度目のトライアウト』本番を迎えました。

この年のルールは、

打者3人にカウント1ー1からというものでした。

 

朝、チェックをした時とは全く違うマウンドからの光景。

観客がぎっしり埋まったバックネット裏を見て、

また気持ちが高まりました。

投球練習をしている自分が、

浮足立っていることも、すぐに感覚としてわかるほどでした。

「みっともない姿は見せられないな、早く修正をしなければ」

そう思いながら投球練習をしました。

 

球団関係者にはもちろんなのですが、

このたくさんの野球ファンにも、

「まだ西村はやれるじゃないか」

と認めてもらい、

球場全体を味方につけたいとも思いました。

そのためにも、今やれることを全て出そうと、

とにかく懸命に腕を振りました。

 

 

結果としては、

1人目、レフトフライ。

2人目、フォアボール。

3人目、三振。

 

まずまずの結果でした。

ボール自体も、いい時とよくない時があり、

「これから」というときに終わってしまいました。

ですが、

1つはどこかで三振を奪いたいと思っていたので、

最後に三振をとれたことは、

素直に、嬉しく思っていました。

三振にとった最後のボールは、

低めのストレートで見逃し三振でした。

低めいっぱいのストレートを、

プロの審判の方の目に、

ストライク判定してもらえたことに、

なによりも価値を感じていました。

 

私の3度目のトライアウトは、

本当に、あっという間に終わってしまいました。

 

一球一球に

ファンの方々からの、

温かい拍手と声援。

トライアウトという、

独特な緊張感のある、

決していいとは言えない雰囲気の中、

「まだここに居たい」

「ずっと投げていたい」

そう思わせてくれる程でした。

改めて、

甲子園球場、

そして阪神タイガースのファンは偉大だなと感じました。

 

登板を終え、

ベンチに戻る際、

肩の荷が降りた私には、

ようやく真正面からこの球場の雰囲気を感じ、

よりクリアに、声援を聴くとこができました。

本当にたくさんの歓声と拍手をいただきました。

体が震えるほど嬉しかったです。

改めて、

本当に心から感謝しています。

ありがとうございました。

 

 

※この時の映像があったのでお借りさせていただきました。

 

 

『宝物』

 

 

私の3度目のトライアウトも終わり、

ゆっくりと帰り支度をしていました。

これは、

「もしかしたらこのタイミングで声をかけてもらえるかも」

という淡い下心からでした。

毎年のことでした。

人の目なんて気にしていられません。

プロに戻りたいという一心でした。

ゆっくりシャワーを浴び、荷物をまとめるのですが、

もうこれ以上は引き伸ばせないと、

必要以上にキレイにかたずけた荷物を抱え、

渋々ロッカーを出ました。

 

出口までの通路を歩いていると、

マスコミの方々が待ってくれていました。

たくさんの方々に囲まれて、

その時は幸せな気持ちでした。

一通りインタビューしてもらいましたが、

ほとんど感謝の言葉しか出てきませんでした。

もちろんプロに戻るために、

少しでもアピールをと思いましたが、

あれだけの歓声を浴びたことに、

心が酔っ払っていたんだと思います。

一種の達成感。

もしくは、

安心感に満たされ、ふわふわとしていました。

「あとは願うだけです」と言い残し、

別れを惜しみながら、球場を出ました。

 

外に出ると、ファンの方々が数名、声をかけてくれました。

少し離れたところに、

スタンドに駆けつけてくれた、後輩たちの姿が目に入りました。

早る気持ちを抑えながら、

後輩たちのもとに向かいました。

「わざわざきてくれたんやね。本当にありがとうね」

言いたかったことが、ようやく言えました。

後輩みんなが、とても優しい笑顔で迎えてくれました。

 

その後、

応援に来てくれたお礼にと、

現役時代に行っていたお店や、

大阪の街へ観光に連れていきました。

私にとっても、

ひと時の心休まる、幸せな時間を過ごしました。

金沢までは、電車で帰るつもりでいましたが、

キャンセルをして、後輩たちの車で一緒に帰ることにしました。

行きがけに駅まで送ってくれた時、終始無言だった後輩も、

同じように肩の荷が下りたのか、いつもの会話が戻っていました。

その時も、

「参加者の中で西村さんが1番歓声が大きかったですね」

と、なんとも可愛いことを言ってくれました。

私は本当に、誇らしい気持ちになりました。

いただいたファンの声援と、

こんなに心優しい後輩が私にいることに、です。

 

君たちは私の大切な、そして自慢の『宝物』です。

 

労ってくれる後輩と、

感謝を伝える先輩を乗せた車は、

これ以上ない、

心地の良い、帰路のドライブをしました。

 

私はこのトライアウトで、

とても素敵な時間と、

とても大きな感動と、

とても大切なものを得た気がしました。

 

 

 

 

 

2回目の『冬』

 

 

金沢に戻り、

連絡を待ちました。

 

3度目ともなると、

これまで期待してダメだったんだから、

期待せずに待ってみようと、

連絡の待ち方の工夫さえしていました。

 

結果、

私の携帯が鳴ることはありませんでした。

 

そしてこの年のオフ。

独立リーグの石川球団を、

自由契約になりました。

 

 

心の終点

 

 

石川を自由契約になり、

私は、新たなチームを探さなければなりませんでした。

 

正直に言いますと、

この時私は

「このまま野球を続けても、、」

という気持ちもありました。

甲子園で行われたトライアウトのおかげで、

大歓声の中でプレーする喜びと、

「もう一度あの場所で」という思いは、当然強くなりましたが、

その反面で、

「最後にふさわしいんではないだろうか」

とも、微かに思っていました。

 

話は少し遡ります。

この年のシーズン終盤に、

遠征先から帰るバスの中で、

一本の電話がありました。

それは、

タイガース時代の元先輩からでした。

その内容は、

「来年独立リーグに新球団ができるから、一緒にやらないか?」

というお話でした。

その話をいただいたときは、

その先輩と一緒に野球をやることを想像すると、

面白いかもしれないなと思いましたが、

独立リーグで長々とやるつもりもなかったですし、

そもそも楽しい野球をしに来ている訳でもなく、

1年1年に勝負をかけてるつもりだったので、

その時点では、はっきり返事をすることができませんでした。

 

そんな中、

3度目のトライアウトを受け、

それでも願い叶わず。

そして所属チームも自由契約となり、

プレーする場所も失った私は、

とても悩みました。

夜も寝れない日々を過ごしました。

もちろん野球は大好きで、

続けたい気持ちもありましたが、

これからもう1年間、

独立リーグの舞台でモチベーションを高く保ちながら、

戦い続けることができるだろうか。

そして、

シーズン終わりに4度目となるトライアウトを受けるということに、

正直、少し抵抗がありました。

 

自分なりに頑張っていても、

たまに評価を耳にすると、

「年齢が、、」

「スピードが、、」

そんな言葉を理由にされ続けることに、

心が疲れてしまっていたのかもしれません。

野球ができる環境をいただける。

そんな話をもらっているにも関わらず、

その判断すらも、鈍ってしまっていました。

 

ただ、私が野球を続ける理由として、

応援してくれる家族の存在もありました。

いつも

「応援してるよ」

と、楽しそうにしている家族に向かって、

野球を辞めると言う勇気がありませんでした。

何か、生きがいをなくしてしまうのではないだろうかという、

変な恐怖心もありました。

もういいと、心が折れそうになる時も、

せっかく親からもらったこの体。

動かなくなるまでチャレンジしたいと、

常々言い聞かせてきました。

 

たくさんたくさん悩んだ結果。

私は、

ある1つの『決断』をしました。

 

 

お礼

 

 

プロを戦力外になり、

再びプロの世界に戻りたいと、

チャンスをいただいた独立リーグの世界。

そして、2年間お世話になった、

『石川ミリオンスターズ』

ときには温度差を感じ、納得のいかないこともありました。

しかし、協力してくれた方もたくさんいました。

本当に感謝しています。

そして、

中でも後輩たちには、心動かされました。

数年たった今でも連絡を取り合い、交流があります。

一生の仲間が見つかることは、なかなか少ない中。

間違いなくこの時の仲間たちは、一生ものだと思っています。

人の幸せを喜び、失敗を共に悔しがれる本当の仲間。

そんな『宝物』に出会えて、

これまで自身が戦うことばかりがすべてだったの私の人生が、

少しだけ豊かなものに変化しました。

 

 

次回は、

私が下した『決断』

そして、その後を書かせていただきます。

 

 

 

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