「苦労話」

人は誰しも、「苦労話」の1つや2つを持っている。

ここまで何の苦労もなく、順風満帆で生きてきた人間は決して多くはない。

私もどちらかといえば、これまでの人生は山あり谷ありの人生だったと思う。

そんな私だが、とある出来事で心が軽くなったことがある。

その時、私なりに感じたことを話したいと思う。

これを読んでくれた人の心も、少し軽くなってくれることを願っている。

これは私が以前に勤めていた会社を退職した時の話である。

その当時、主に会社の上司たちとの人間関係で色々なことがあり、

職場に行くことすら苦しい時期があった。

そんな中で、唯一の心の支えだったのが、部下たちの育成や指導だった。

部下たちの成長をイメージし、その成長を実際に見ることが何よりも嬉しかった。

それが日々のモチベーションにも変わり、唯一の原動力と言っても過言ではなかった。

ただ、そんなささやかな個人の幸せさえ、

好意的に思うどころか、普通に見過ごすことができない人間が世の中にはいる。

そんなことを思い知らされることになった。

その時の私は、なぜ自分の仕事を邪魔されるのか分からなかった。

毎日頑張っていることや、自分がしていることが馬鹿馬鹿しくなり、挙げ句の果てには、

「こっちがおかしいのか?」

と、自分自身を疑ってしまうようになっていた。

その度に反省を繰り返し、勉強を繰り返し、どちらが正しく、どちらが間違っているのか。

頭を整理し直す時間を作らなければならなかった。

正確には、そうでもしないと、次の日を迎えることが辛かったからだ。

そんな日々を過ごしながら、私なりに毎日に全力を注いだ。

しかし、残念ながら前述したように、私はその会社を退職する形となった。

会社を辞め、その土地を離れる際には、部下の子たちからたくさんの電話をもらった。

電話口で涙を流し、別れを惜しんでくれた。

あの時の泣き声は、今でも耳に残っている。

かけてもらった言葉も、今でも忘れることはない。

その後、私は地元に戻り、次の仕事を探さなければならなかった。

しかし、不思議なもので、自身の体が仕事を探そうとしてくれなかった。

頭では「働かなければ」と分かっている。

仕事のオファーをもらうこともあった。

それでも、その仕事先での人間との関わり。

また一からのスタートで、人間関係を築き上げていくこと。

その時の自分の感情を想像すると、どうしても心が拒絶反応を起こすようになっていた。

前に進まなくてはいけない。

前に進むために、地元に帰ってきたはずだった。

しかし、

頭が後戻りをするときがある。

なぜ私が会社を辞めないといけなかったのか。

毎日毎日頑張った自負もある。

成績も残した。

ただ、認めてもらえなかった。

そのことを思い出すと、どこにもぶつけようのない怒りと、

解決できない過去に対する虚脱感で、行動する気力を削がれてしまっていた。

私は少し、体と頭を休めようと思った。

その間に、これまでお世話になった人に報告をしたり、

久しく連絡をとっていなかった人に連絡をしたり、SNSを更新したり。

何かしら前に進むためのきっかけを探していた。

そんな生活をしながら数ヶ月が経った頃、

挨拶を兼ねて出かけた先で、たまたま仕事のオファーをもらうことになった。

その時も悩んだ。

しかし、私の心を動かしてくれたきっかけがあった。

それは、

以前いた職場の部下と同年代くらいの子が、

「一緒に働きたい」

と言ってくれたことだった。

涙を流して別れを惜しんでくれた、あの子たちと重なる部分があったからかもしれない。

その後、ご縁を感じたそのオファーを受ける決断をした。

その職場に就いて数週間が経った頃。

新たな上司の方と二人きりで話をする機会があった。

その時の話の流れで、前職の話をすることになった。

私は、できるだけ前職の話はしたくなかった。

自分自身が思い出したくないということもある。

それと同時に、聞く人にとっても気分のいい話ではなく、話し終わった後には、相手に必ず疲労感を残してしまうからだ。

上司に当時の話をしている時、

その時のことを思い出し、胸が苦しくなった。

上司は黙って私の話を聞いてくれた。

話し終えると、上司はうつむき、深く考えているようだった。

また、やってしまった。

疲労感を残し、雰囲気を悪くしてしまったと思った。

すると、しばらく考えていた上司が、

「そんな事をしている人は、必ず自分に返ってくると思う」

と言ってくれた。

退社してからこれまで、その当時のことを思い出したくなくても、たまに思い出すことがあった。

その度に、どうしても腹が立つ。

自分がなぜ生活を奪われなくてはならなかったのか。

どうしても納得することができない。

そんな過去に対処する方法としては、その当時を思い出さないようにすることくらいしか見つからなかった。

しかし、その言葉を聞いた時、

私自身が力を加えることをしなくても、

その当時を忘れる努力をしなくても、

まわりまわって、ちゃんと返ってくるんだ。

そう思わせてもらい、気持ちが楽になったことを覚えている。

その時、ふと思った。

当時は本当に毎日苦しく、辛い時期だった。

しかし、時が経つことで、その「苦しかった日々」は、当時に比べるとサイズも小さな「苦労話」に変わっていく。

そして、新たな出会いが、その「苦労話」を「嬉しい気持ち」にまで変えてくれることがある。

そう考えると、

結果的に、

苦労は、その後に幸せを与えてくれる者なのかもしれない。

今、苦労している人へ。

その苦労は、後に小さなただの「苦労話」になるのかもしれない。

そして、その苦労が、自分自身の成長につながるきっかけになることもあると思う。

人が成長するためには、苦しみを味わうことも必要なのだと思う。

そして、それを乗り越えていかなければならない。

忘れたくても忘れられない、貴重な経験の中で新たな自分を見出す。

その発見が、次のステージに進む力になる。

そんな幸運なことはない。

良いことも、悪いことも、

時間が経てば、ただの思い出話でしかない。

やってしまったこと。

ミスをしたこと。

その時間は戻らない。

吐いた言葉。

飲み込めない。

何事も、取り戻すことはできない。

だけど、

取り返すことはできる。

言い直すことはできる。

やり直すことはできる。

過去を変えることはできなくても、

これからを変えることはできる。

だから、

「今から」のことを考える方が、

人生においてはよほど大切なことだと思う。

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