「動画に潜む落とし穴」

先日、選手から投球フォームについてこんなことを聞かれた。
「理想の投球フォームの動画があるので見てください」
その選手は、自分の投球フォームと同じ角度から撮影された、プロ野球選手の動画を見せながら話をしてきた。
「僕の投球フォームはこうなんですが、本当はこの選手のような形になりたいです」
その選手は動画をコマ送りにしながら説明していた。
動画を一時停止にしては、自身がその形を真似して見せる。
また動画を進めて、一時停止する。
そしてまた、その形を真似する。
細かく動画を止め、自分が理想としているフォームを説明しながら再現して見せてくれた。
「ただ、このフォームで投げたいんですが、ブルペンではうまくいきません」
こういった選手は周りにもたくさんいるのではないだろうか。
何を隠そう、私自身も昔はそうだった。
そして私は自身の経験とともに、
その選手がなぜうまくいかないのかを説明した。
この選手は私に、
「こんなフォームになりたい」
と、動画をコマ送りにしながら真似して見せてくれた。
その選手が一時停止して見せてくれたのは、
一本足で立った時の形、
軸足の膝が曲がったときの形、
軸足に体重をタメているパワーポジションの形だった。
そこから少し動画を進めると、軸足は内側に内旋を始め、ランジの形へと移行していく。
そのシーンを見せながら、
「この軸足の使い方がしたいんですが、このタメの形ができません」
そう言いながら、そのパワーポジションの形を首をかしげながら真似していた。
何となく、同じような経験をしてきた者もいるだろう。
そうやってうまくいった試しがあるだろうか。
では、なぜうまくいかないのか。
この選手が犯していた最大のミスは、
「静止画を真似している」ということであった。
プロ野球選手やメジャーリーガーの投球フォームを見て、
「この選手のようになりたい」
「このフォームを取り入れたい」
そう思うことは悪いことではない。
むしろ、そうやって一流選手からヒントを得ることは大切なことだ。
そして、そのフォームを細かく見るために、まず動画をコマ送りにする。
ここまではいい。
問題は、その中にある魅力的な一コマだけを切り取り、その形を「正解」だと思ってしまうことにある。
ここに落とし穴がある。
その静止画は、もともとは動画。
つまり、
動きの中の一コマに過ぎないということ。
ここが大事なポイントとなる。
動画の中のその選手は、
動きの中でその形を作っている。
その形のところで実際に止まっているわけではない。
その一部分だけを真似しようとしてもその瞬間はもう過ぎている。
当然、その形だけを作ろうとしてもうまくいかない。
もし本当にそのフォームを真似したいのであれば、止まった状態の形を真似するのではなく、
その形に至るまでの一連の動きを真似しなければならないということである。
その選手は、「なるほど」という顔をして、
「動きの中で理想の形を作る」ということを理解してくれた。
そして、
「この動画もいいと思うんですよね」
と、別のプロ野球選手の動画を見せてきた。
その動画を見ながらも、
「ここが良い」「この形になりたい」
と、先ほどと同じように解説しながら真似をして見せてくれた。
さっき言ったことを意識しているのか、
今度は止まった形ではなく、動きの中で私に説明してくれた。
その説明中、
選手が真似している姿を見ていて私はある違和感を感じた。
ここから先のお話は、この記事の最大の肝の部分になる。
その違和感とは、
投球フォームのバランスとタイミングが全く合っていなかったことであった。
実際の動画をもう一度見せてもらった。
そして、その動画をスロー再生してみた。
すると、
その動画の中に映る選手も、
バランスとタイミングが合っていない状態で投げているように見えた。
要するに私は、この動画の中の選手は調子が悪い時の動画ではないかと推測をした。
もちろん、その動画の選手本人に直接聞くことはできない。
だから、そのフォームが絶対に悪いとは言えない。
ただ、少なくともその動画だけを見て、
「この形が正解だ」と判断するのは危険だと思った。
私はその選手に正直に話をした。
スロー再生を一緒に見ながらその動画の「悪い部分」を説明した。
すると「危なかったです」と言ってその動画を削除した。
ここで私が言いたいのは、
世の中に出ている動画がすべて自分にとって良い教材とは限らない。
ということだ。
今の時代は、本当にたくさんの動画を見ることもできれば、色々な理論も簡単に知ることができる。
スマホを開き検索すれば、
プロ野球選手のフォームも、トレーニング方法も、投球理論も、いくらでも出てくる。
とても便利な時代だと思う。
ただ、覚えておかなくてはならないのは、
その中には間違った情報もあるかもしれないということ。
好きもあれば嫌いがあるように、自分には合わない理論もあるということ。
一流選手だからといっていつも調子がいいとは限らなない。
今回たまたま私が目にしたように、
調子の良くない時のフォームを撮った動画が世の中に出回っていることだってある。
それを知らずに「この選手なら正解だ」
と決めつけて取り入れてしまえば、自身が調子を崩すことだってある。
合わない理論を試し続けて、怪我につながることだってある。
更には「これがダメなら次はこれ」と、
次から次へとフォームを変えていく癖がつく。
うまくいかなければ理論のせい。
結果が出なければ動画のせい。
そうやって外部に答えを求め続けていれば、本当に大切なものが見えなくなっていく。
何度も言うが、それは「自分と向き合う時間」である。
自分の身体はどう感じているのか。
現在のフォームでの球はどうなのか。
何ができていて、何ができていないのか。
本当に自分に必要なものは何なのか。
挙句の果てに、情報はたくさん知っているのに、自分自身のことが分からなくなってしまう。
これは、選手が成長していく上でとても危険なこと。
動画を見ることが悪いわけではない。
ネットやSNSで調べることも悪いわけではない。
勉強して、いろいろなことを知ろうとする姿勢はむしろ大切。
ただ、
「情報を得ること」と、「情報を信じること」は全くの別である。
たくさんの情報の中から何を取り入れるのか。
それは本当に自分に必要なのか。
その取捨選択は自分自身と向き合い考えなければならない。
動画は答えを教えてくれるものではない。
あくまでも、自身が頭を使い考えるための材料の一つ。
身体を使い試してみるための材料の一つ。
だから、動画を見る時も理論を学ぶ時も、決して自分を見失ってはならない。
最後に答えを出すのは、動画でもSNSでも誰かの理論でもない。
自分自身である。
最後は自身の身体としっかり相談してほしい。
自身が説明できるものを身に付けてもらいたい。
指導者としてそう強く願っている。

